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ぴよぴよカナダ

どうもどうもピヨ太です。
トロント時代の日記は全部ここにまとめたわけですが、
ワーホリ時代の日記もちょっとまとめてみました。
こちら↓↓

ぴよぴよカナダ~ワーホリ日記
ひっそり公開中です(笑)

そんな感じで、何だかんだまだカナダをひきずってますが、
カナダでがんばれた自分を再確認しつつ、
ピヨさん、どっこい日本でがんばってまーす。( ̄▽ ̄)ノ







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未練たらたら日記

トロントでのブログを1つにまとめてみました。
ってことで、当時(2006年6月から1年間)のブログ『迷い猫の散歩道』は、
ここのブログの1コーナーになりました。
パチパチパチ。

ひっこししながら、
当時の気持ちや出来事を思い出したり、
トロントがすごく恋しくなったりしました。
やっぱりトロントに未練たらたらなのです。

今も、TTC路線マップはわたしの愛読書(笑)
眺めてるだけで幸せな気分になるんです。
こんなにひとつの街に執着したのははじめてです。
それは、じぶんでもビックリするくらい。
病的なくらい。

今は、計画的にトロントに戻るために、がんばって稼いでます。
でも、やみくもにがむしゃらにためるのではなく、
日本での生活も大切にしながら貯金しようと思ってます。

トロントに戻るその日まで、
日本の空の下でがんばって生きていこー。


トロントピアソン空港の到着ゲート。
このドアの向こうから、再登場出来るその日が早く来るといいな。
P5160114_convert_20080706195537.jpg






Parkdale

PC050201_convert_20080613233720.jpg

ダウンタウンの西に隣接して、Parkdale(パークデイル)という街があります。
ダウンタウンを西へ西へ進み、Dufferin Streetを渡ったとたん、
それまでのおしゃれな雰囲気がガラリと変わります。
そこがParkdale。

トロント内で数回引越しをしたピヨ太ですが、
このParkdaleは、帰国直前、一番最後に暮らした街でした。
トロント人のParkdaleに対する評価は、正直あまりよくありません。
ズバリ言うと、浮浪者が多いんですね。
メイン通りをふらりと歩けば、すぐ誰かに「小銭ちょうだい」って声をかけられます。
お世辞にも、決してキレイとはいえないこの街。

でもわたしは、誰が何と言おうと、Parkdaleが好きでした。
想い出がいっぱい詰ってるからかもしれない。
オンタリオ湖にも近かったし。


今はこんな感じで、あまり評判のよくないParkdaleですが、
その昔は、オンタリオ湖畔の街として栄えてたんです。
ビーチや遊園地もあって、裕福な観光地だったんです。
その名残で、この辺の家は大きなビクトリア調のお屋敷がたくさん。

でも1995年に始まったハイウェイの工事で、街の様子はすっかり変わってしまいました。
オンタリオ湖と街を横切るかたちでハイウェイが建設されたため、
ビーチへのアクセスが悪くなり、人の足は遠のき、
そしてさびれていったのです。

その後、残った大きなお屋敷は部屋ごとに貸し出され、
安い家賃を求めて、たくさんの移民の人が移り住みました。
だからこの街は、ビクトリア調の土台に、いろんな国の言葉の看板が掲げてあって、
どこか無秩序でゴチャゴチャした印象をうけます。
その無秩序さは、今や観光地化しているケンジントンマーケットのそれとは違って、
うまく言えないけど、そう、何かもっとズンとくる感じ。

わたしも、その部屋ごとに貸し出されたお屋敷の、ベースメントに住んでました。


現在は、ダウンタウンからのアクセスの良さと、
やはり安い家賃を求めて若手アーティストらが移り住み、
おしゃれな街へと変貌しつつあります。
復興のきざし。
わたしは、ちょうどその「これから」の時に暮らしていたので、
なんか思い入れがあるのかもしれません。

わたしがトロントに戻った時は、どんな街になってるのかなあ。



ぼやっきー

きまぐれにこっそり更新。
ただいまピヨさん、逆カルチャーショック中です。
通常カルチャーショックといえば、海外などのあたらしい文化に適応する時におこるものですが、
逆カルチャーショックとは、留学などで長期にわたって海外生活を送った人が帰国した後に、
こんどは自国の文化に再適応するさいにおこるものらしいです。
わたしも知らなかったんだけど。

そしてピヨさん、まさに今これ中。
しかも、日々ひどくなってる気もします。

しかもこの症状、ふつうのカルチャーショックより重い場合が多いとか。
うん。納得。
なんだろ、確かにカナダで暮らし始めたときって、たとえなにかあっても、

まあこういうもんだよなあ、って
だってカナダだし、って

ちゃんとわりきれて消化して、適応していった。
だって自分自身が、カナダの中の異分子だったから。
新しい世界をもとめて、自分からすすんでカナダに行ったっていう心構えもあるし。

でも今回は、帰国してもう半年ちかくたつのに、まだ日本に適応しきれない自分にあせります。
数年前まではコレが普通であって、なんの疑いもなくやっていたことなのに、
それに完全になじみきれない自分がいます。
でもこういう気持ちを、心のそこから話せて、しかもわかってくれ人がまわりに少ない。
っつうか、あたしの場合ほぼ皆無。

英語なんてどんどん抜けてっちゃってるのに(笑)
2年半って、語学を習得するにはぜんぜん足らないなあって思ったけど、
その国の文化を、体験して消化して、
ある程度しみこませてしまうには十分すぎたのかもしれません。わたしには。

まあ、どれくらいその国(人、文化を含めて)と関わったかにもよるので、
何年暮らしても、ぜんぜんそうならない人も、
逆に数週間でもそうなってしまう人もいるんだろうけど。

「ちょっと海外でくらしたくらいでカブレちゃって!」
っていわれるのが一番いやなので、
通常、誰にもそんなそぶりはみせません。
みせてないつもり。

誤解しないでほしいのは、日本がいやなわけではないということ。
日本もカナダもどっちも好きだけど、
今は、脳がまだカナダ状態。日本に移行中。(わりと時間がかかるんです。)
その過程でくるしんでるだけです。だけだと思います。


いつかはカナダに帰るんだもん。
時間かかっても、いつかまたカナダで暮らすんだもん。

そう呪文のようにとなえて、今日もピヨさん、日本で頑張ってます。


多民族都市トロント

予告どおり、こっちも時々更新していきます。
トロントとかカナダとか、とにかくそっち方面の方で思い出したこととか、
ひっそりつぶやきます。よろしく。

日本に帰国してちょうど一ヶ月。
ここで暮らしてみて思うのは、やっぱりトロントは異常なほど多民族だったんだなってこと。
地下鉄にのればあちこちから、オンタリオ州の公用語である英語や仏語以外のいろんな言葉がきこえてきます。
となりにはストールをまいたムスリムの女性が座っていて、その向かい側には漢字だらけの中国語新聞を読みふける男性が座っているのです。
車両の後ろの方からはスペイン語で談笑する家族連れ。
友人の彼氏はトルコ人とか(笑)。
ピヨ太にとってこれが普通になってたから、日本人だらけで日本語だけしか聞こえてこない生活って、ほんとに何というか違和感でした。

それがいいとか悪いとか、好きとか嫌いとかそういう次元じゃなくて、
何かが足りないという、そういう変な違和感なのです。

英語生活から日本語生活へ…というのは、案外すぐ移行してしまいます。
トロントでも日本人の友人と日本語で会話をしたりはしていたわけですからね。
30年以上使っていた日本語は、2~3年外国に行っていたぐらいではおかしくなりません。

でも、なんだろ、多民族の世界から単一民族の世界へ慣れるのは、結構意外と時間がかかるもんなのかもしれません。
田舎から都会にでてきて2~3年生活してしまった人間が、田舎にふたたぶもどると戸惑う感じに似てるかも。でも田舎の方言にはすぐなじむでしょ?
うまくいえないけどそんな感じです。


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